本日3月11日は私達日本人、いえ全世界の人達にとって特別な日となりました。
平成23年同日午後2時46分に、東日本一帯に激震が走りました。
あれから2年が過ぎました。
しかし、復興の歩みは遅々として進まず、不自由な生活を強いられた人の数は、
2年の歳月を以ってしても、尚も多くを数えるに至っています。
自然の些細な悪戯にしては、あまりにも多くの犠牲を払うことになってしまいました。
人間はその自然の力の前に、あまりに無力な存在でした。
今、こうしてブログを更新して、週末となればマージャンをして、その過程・結果に
一喜一憂して、また次回の定例会を楽しみにする・・・・・。
なんて言うことのない、当たり前で平凡な・・・そして平和な生活ですよね。
しかし、当たり前の事が当たり前でなくなった時、その当事者に対し私達は、何を
しなければならないのでしょうか? 何をすればよいのでしょうか?
“世のため人のため” とは言いながら、何かを作ったり・発明したり・音頭をとるような
才覚もない無知な私などは、正直何も出来ません。
今の私に出来ることといえば、“普通に生きる”こと位でしょうか・・・。
日々、平穏無事に生きている事に感謝し、“生きる”ことを目標にする。
後世に何かを残すような、大そうなことは出来なくても、ただ単に“幸せに生きる”ことで
その義務を果たせるのではないのでしょうか・・・・・。
震災で犠牲になった人の中には、“麻将”の愛好者の方もいらっしゃったでしょう。
ならばその方達の分も含めて、“麻将愛好者”は“麻将”を楽しむ義務があるのでは
ないのでしょうか。
犠牲になった人達の心は分かりません。
しかし残された人は、分からない故に悩み・苦しみます。
そしてその悩み・苦しみから開放されるために、悟りを求めます。
運よく・・・という言葉を使って良いものかどうかわかりませんが、震災の影響を受けなかった
私は、これからも平々凡々に“生きて”いきます。
そして定例会の日は、“麻将”を思いっきり楽しみます。
いままでも・・・これからも変わらずに・・・・・。